1月31日(日) 快晴
畑に行く。OGさんと立話。葉大根を植え、ジャガイモの畝を次回用に準備した。
 マニュキアをするのは何故か 見た目なり 雄の興味と 雌への対抗
 雄鶏は 体を張って 主張する 雌に気に入られ 子孫残せる
 雌鶏も 雄を選ぶ 条件は 見た目と情熱 終わらぬ熱意
 実習と 云う名の決まり 理不尽と 思えど悲し 雇われる身は 

カブが芽を出した。 
1月30日(土) 快晴
雲一つ無い晴れ間。久しぶりで気持ち良い。日経・文春の入選歌を勉強することにした。今までは影響されないためにあえて読まなかったがやはり勉強しないといけない。ジャガイモを買いにホームズに行く。
 犬連れの 客の多さと 成熟度 変わる家庭の あり方不思議
 犬猫が 家族となりし 記念日は ペットと人の 社会の変化
 ペットいた 昔も今も その死まで 見届けたけど 涙なければ

ジュウシマツや金魚はあるが、犬猫は苦手だった。最近は子育ての終わった夫婦で買う人が多いという。
 家族とは 人の繋がり 生きものの はるか昔の 進化に及ぶ
 進化とは 種の保存と 悩みても 選んだ道の はるか彼方へ

今朝も、防災連絡で、「外出は控えて」と注意報をだしている。

蜜を避け、ベンチで独りスマホ見る。
パブリックアートの彫刻を横目に。
行き交う人もほとんどいない。 
1月29日(金) 曇り時々晴れ間
流石に自宅を出たくなる。散歩もよいが、今日は中央へ。3密ではなく、話をしない・SDを守り・対面にならないの自己流三原則を貫くように努力している。腰を痛めているので杖を持っているが店員の態度が優しい。席まで運んでくれる。他者からみて労る対象に見られているときは逆らわないことにしている。そのほうが私は満足感が得られる。
 スタイルも サイズも抜群 でも中身 付合わねば 分らぬ極意
 いい女 心躍るは 一目惚れ 脳の働き 育ちの過程か
 感性は 生まれる前に 始まりし 母の胎内 蹴飛ばしてこそ
 良く見える 姿にしたい 当たり前 その努力とは 厚塗りOK
 形成と 整形違う いつからか 昔は病気 今は美なりや
 言葉とは 時代で変わる 記号なり あなたこなたで 通じる気持ち

夕焼けが漂い、晴れた空を覆う。
すぐに闇が訪れる。束の間の
時間。子供は帰宅・大人は? 
1月28日(木) 雨
今日も雨。終日自宅。畑のおかげで野菜の作り置きを冷凍しているので助かる。巡り合わせなのだろうか。
 時々の 雨降る友も なき日かな 本読み音を聴いて過ごすや
 時には雨も良けれども 毎日は嫌われるものと 思い至りし
 瓢作り 趣味の一部と 思えども 品定めする 大人の眼差し
 しとしとと そぼ降る雨に 気は紛れ 悩む己の 小さき悩み
 当座の会 四十年見ぬ間に 他人なり 今も昔も 近寄り難し
 いつまでも いついつまでも つきまとう 昔の悪事 轆轤首なり
 どこかいな 春の覚悟が 今はない 緩んだのかと 悩むこの頃
 今までも これからも続く 人生で 家に籠もるも 一つの試練
 
1月27日(水) 雨のち曇り
徐々に寒さを受け止められる。慣れと同時に少しずつ温んできたのだ。来週には立春を迎える。昨日畑で腰を痛め杖が必要になった。痛みでガクッと崩れそうになる。まさに転ばぬ先の杖。終日自粛。腰の痛みが抜けない。
 
1月26日(火) 曇り後晴れ
天気予報を見て畑にいく。OGさんと立話。
 土作り 初めて一年 序に入り 何を植えるか 誰にあげるか
 最狭の 畑なれども 食べきれぬ 悦びもちて 賄う人へ
 僅かでも 差し上げる人 いなければ 張合いありて 作る喜び
 温暖化 とはいえ立春 十日先 自然の輪廻 作付けまだか
 定席が 三つめまでは 決まってる さて四つ目は どこでもいいか
 内緒だよ お前だけだと 言うことは 言って欲しいと 言うことなりしか
 食べる都度 マスクずらす 慎重さ そこまでしても かかるに如かず
 
時には違うカフェで独りのんびり
1月25日(月) 快晴
笠木に件で業者に来て貰った。YMさんの繋がりだ。昼に一緒に来てくれた。一瞥するなり空気孔じゃないかという。結構屋根が長いので中間に空気孔を入れないと熱が逃げないからという。他にはないけどというと、とにかく上って確認するという。梯子をかけ二階ベランダから上がり写真を撮り結局見立て通りで事なきを得たというか一件落着した。建てて20年屋根を見ているようで見てないというか見えていなかったのだ。ペンキは塗った方が良いという。エアコンを先にして考えたい。
 しっかりと 確かめてみた 安心を 泰山鼓動 鼠一匹
 騒ぎ立て 心配もさせ 期待させ 何事もなく 店仕舞いする
 諸肌を 露骨に脱いで キュンとする ゆるゆるゆるす 嬉しい彼と
 時たまは 遊びも大事 ストレスを 詠んで貯めない 空気孔かな
 アマンダの 朗読聴いて 感動す 差別に向かう 礎覚悟
 まだ二十歳 大人は並べて 同じかな 個性をいかに 他者に伝える
 他者の声 気になりだすと 寝られない 真実はなにか 突止めたいし
 快晴の 空に屋根見ゆ 目立つかな 親切で皆 教えてくれる
 屋根剥がれ 一日で分る 確認を おめいになんか 言われたくねえ

笠木が空気孔になっている

ペンキも所々ハゲてる

10m離れると肉眼はムリ
1月24日(日) 雨のち曇り
雪にはならないが冷たい雨が降る。午後は止んだが暫くは続くだろう。屋根は気になっているがジタバタしても仕方ない。明日を待つ。
 強風で 笠木めくれる もう二十歳 新築気分 吹き飛ぶ事実
 笠木飛ぶ 真冬の突風 叫ぶ谷戸 突き抜ける声 確かに届く
 懐かしい BGMに心奪われ ひとときの癒やし 酒の肴に
 音に聴く 耳を澄まして ゆったりと 自然と喧噪 何気なく寝る
 ウグイスの 鳴かぬ冬日 雨模様 羽毛にくるまり 丸くなり寝る
 しとしとと そぼふる雨に 気鬱なり 時々あるも 日本の四季か
 幸せは 世代をついで 叶うかな 急ぎ急いで 砂上の夢か

午後2時51分京急バス池ノ谷戸下り線
乗客1名(私だけ)この20年で初めて

コロナの影響か?
1月23日(土) 雨
久しぶりの終日雨。日記書いている0時まで降り続いている。屋根が気になっているところにYMさんから電話。月曜午後に知合いと確認に来てくれるという。その前に見に行くということで、わざわざ来てくれた。二人で見たが良く分らないという結論で明後日まで仕方ない。
 
1月22日(金) 晴れ
庭で初めて鶯を見た。すぐにカメラを構えたら隣家に飛んでいった。最近は逃げなくなっている。春の早朝は鳴声で目が覚める。今からでも餌付けにチャレンジして見るかな。
 鶯の 声聞かぬ朝 いるよここ チュッチュッと 変声期なり
 春だけは ホーホケキョと 客を寄せ 後の季節は チュッと手抜く
 早朝の 訪問嬉し その声は 起きろ起きろと 優しく歌う
 ハーモニー 二人が一人 でも違う 微妙な音を 普通に感ず
 股下を 知ってるようで あやふやな 僅か数㎝の 足の長さや
 突然に 挨拶される 居酒屋で とまどい整理 つかないうちに
 接待の 極意はいかに 問われれば 相手に負担を かけずに過ごす

大寒の空 
1月21日(木) 快晴
立春までの大寒中は快晴でも芯まで冷える。体も心も冷えているからこそ動きたいが自粛。半径3㎞の市内で食料の買い出しとカフェでの気晴らしに散歩。春の自粛とほぼ同じメニューをこなしている。あのときは畑も1ヶ月行かず、自然に全て任せた。それでもジャガイモの実りは多かった。右下の彫刻からヒントを得た自己流股関節プラナ振動法を実践している。毎日少しづつやることで精神と肉体の平穏を保っていられると考えている。
 上見れば 安心するが 下見ても 他人事として 我が身に如かず
 距離とって 独り静かに 酒を飲む 無口が今は 美徳なりしや
 年を経て 年輪重ね 年金を 年々貯めて 年貢納める
 突き抜ける 青空の向こう 広がりし どこまで続く 宇宙の果ては
 動かずに たった15分 芯冷える モデルは楽な稼業にあらず
 ピンボトル 開ける音ポンッ 勢いが 飲む静寂に 変わる瞬間
 半世紀 世に連れ歌は 進化する 時代と共に 変化する体

「笠木が捲れています」と
親切に教えてくれたが、
さてどうするか。
1月20日(水) 快晴
快晴の大寒。最近日付曜日をすぐに思い出せない。ボケか記憶力の低下が著しい。携帯がないと確認できない。自宅なら新聞・PCがあるが外では困る。そろそろ施設を探す時期かも知れない。
 ボケ手前 施設に入る 決断を 出来る判断 自らしたい
 惚けてから 何をされても 分らない それも幸せ まわり迷惑
 その日まで 楽しく愉快に 過ごしたい 後の始末は 後の試練や
 大寒の 冷たい空気 快晴が 冬の終りを 告げているのか
 ちかいのよ 私トイレが 言訳と 昔疑い 素直にどうぞ
 肉体の ことをイジるは 御法度か セクハラになり 犯罪になる
 イジるとは 虐めと違う 共に丸 言葉がかえる 時の流れや
 
プラナの振動2015(西村光泉)
1月19日(火) 快晴
歯医者に行く。歯槽膿漏の予防を兼ねてクリーニングしている。予約なしが売りだったがコロナ過で予約制になった。待ち客は減少しているが実数はどうなのか。目の前なので気楽に来ているが、不要不急を云われると気になる。
 土作り 手間ひまかけて 失敗し 実になるまでの 長き道のり
 鍬持つ手 節くれもなく 伸びやかで 観音様の 救う水掻き
 嬲(なぶ)るとは 吾のことなり なにもなし 広い畑の 一コマ漫画
 
1月18日(月) 快晴
NKさんと車で畑に行く。下仁田ネギを収穫した。やはり土寄せが上手くなかったことと深さが足りなかった。まだ細い6株はNKさんに教わり植え直した。根付く事を期待。2月の自粛期間が終わる頃に葉大根とジャガイモを種付けの予定。
1月17日(日) 曇り後晴れ
自粛3日目、春で慣れ生活には戸惑いはない。カネを使わないというか、在る材料を食いつなぐだけなので、なくなれば食料だけは買いに行く。前回と同じである。元々在庫しないので、3日間で冷蔵庫は9割消化。冷凍庫の中は手つかずなのでまだまだ自粛できる。特に畑の野菜を結構冷凍したので元金は回収できつつある。畑が広ければ自給自足は出来そうだ。肉と魚と調味料があればいうことない。
毎年共通一次の数学だけ解いてみる。全部じゃ無いが、頭が老化していないか確認の為。今日は国語に挑戦した。数学は明日掲載か。
 
1月16日(土) 快晴
コロナ情報の陽性者の拡大が、300人に一人を切った。私の住む谷戸に2人はいる確率だ。どこまで拡がるのだろう。この2日間自粛しているが、体が鈍る。自宅でできる運動と歩くこととは別物だ。映画・居酒屋・カフェ等々へ行きたい。本と音楽も飽きて、雑踏の視覚と聴覚と嗅覚が欲しい。とりあえず春の再現で谷戸の散歩を開始する。

いつから嫌われモノになったんだろうか。 
1月15日(金) 曇り
まだ真冬。一時の暖かさは嬉しいがあと一ヶ月は我慢。”ボウサイヨコスカ”の町内放送が「外出をお控えください!」とアナウンスしていた。台風や大雨・洪水注意報がお決まりだが、コロナの外出が流れるほどに政府・県の要請が強いのだろう。行政関連の施設は軒並み休止である。そんな中でも24時間営業の居酒屋が自粛せずに開けている。商機を逃さないのか、生活の為か。いずれにしても病に倒れたら元も子もない。
 
1月14日(木) 快晴
昨日に続き快晴温暖。日記に読書評は書かない。長くなるのと評価を5段階では伝えないと思うからだ。今日は『ウンコはどこからきてどこにいくのか』を読んだ。自宅でそしてカフェで面白く読んだ。元々趣味の部屋に”トイレの話”があるくらいだから興味はある。その分野の本を蒐集しているし、参考文献には良く出てくる。亡くなったら蒐集本を寄贈したいと考えている。それまでは愛読書のままである。
 つながれる 食と排泄 古代より 黄金と穢れ 時代によりて
 顔がある 家と同じく トイレにも 紙にこだわり 主張している
 想い出す いきむ小さな ボットンに 刻み込まれし 跳ね返る跡
 用を足す 便座なくとも 中腰で ガキの頃より 慣れたものなり
 世界中 日本以上の トイレ無し 慣れてしまうと 手放せないモノ
 
1月13日(水) 快晴
温かいので畑に行く。昨夜の雨がそれほど降っていないように思える。水を遣るか迷ったが止めた。下仁田を一本。あとは整地した。石ころを取り除いて徐々に畑らしくなっている。
 真冬快晴 セキレイは畑啄む  害なれど 唯一の友 吾が慰めに
 鶺鴒の 餌場増やせし 畑仕事 権兵衛も種 蒔かなくなるも

畑の友達ハクセキレイ
1月12日(火) 曇り後小雨
今が寒さの底かも知れない。もうじき大寒。これから2月中旬までが辛抱だ。近所のコンビニで買い物。ヒジキが好きなので時々買う。この「お母さん食堂」が物議を醸している。お母さん=料理・家事というイメージをするので止めて欲しいという。このニュースが流れるまで何の違和感もなく買っていた。これだけ神経を尖らせている生き方は疲れるのではないかな。独身で家事を全てやる身なので違和感もないが、高校生3人が発起したという。時代が移り、思考が変化したということだろうか。

お母さん食堂がダメ???
1月11日(月) 曇り
国によって成人の定義はままならない。日本でも元服の儀式が武家ではあった。農工商でそれぞれ異なると思うが詳しく知らない。ともあれ今日は成人の日だ。晴れ着は見ない。散髪に行った。今年もあと11回。
 成人は 自分できめて 責めを負う 社会のルール 自ら代える
 遊びたい 自粛の境 おのが決め 社会のルール 破るワガママ
 我儘と ルールの狭間で 揺れ動く 大人のけじめ 当たり前かな
 子供らに 言葉伝える 重要度 親の役目と 自覚せしもの

今はどんな 髪型もOK
成人の日。 
1月10日(日) 快晴
風は冷たく肌を刺す。隣家のev車は充電すると一昼夜は入れている。後10年でその風景が普通になるかも知れない。
 一年の 計画立てて お茶すると 早年末が 蘇るかな
 コロナ過で 早くも直す カレンダー 元旦にあった 一年の計
 寒風に 身をさらしつつ 空あおぐ どこまでも青い 晴れ渡り見ゆ
 谷戸の浦 古代の思い 伝えしか 空の青さに 雲がかくれり
 再びの 外出自粛 甲斐も無い 人の波間に ゆれるネオンよ
 
烏が群れてミナサンになっている
追浜の浜銀の上。
1月9日(土) 晴れ
今月からの古文字講座が中止になった。更に月末からのYB美術展も中止。絵画の発表の場がなくなり自粛でも黙々と研鑽を積んでいる方々には言葉をかけられない。日展に入選した人から葉書が届き作品を観ることができ感想・批評をメールした。多分YB展にその作品を展示する予定ではなかったのか。本当に発表の場を奪われるのか。無念という言葉しか思いつかない。横須賀美術館の児童生徒作品展も今日から3日間だけ。入場制限下での開催。子・孫の作品を観ることも無論だが、本人が入選して愉しみにして発表する機会がわずか3日になった。それでも無いよりはマシと前向きに思えれば嬉しい。私も毎年小中高生の作品を愉しみにしていたのでガッカリしている。無論自粛する。
 
1月8日(金) 晴れ
昨夜雪が降ったようで日陰に残っていた。今年初めての畑にカブ2種を蒔き、玉ネギと下仁田ネギをサンプルで掘出したが、生育には遠い。
 初採れは 寸胴楕円 ネギなりし サイズ形と 味は別物
 初雪に 虫の姿は 見えねども 種蒔く側から 鳥が啄む
 湯豆腐に 熱燗キュッと 喉通る 臓腑にしみる 今年の挨拶
 燗酒を 求める喉を 今年初 五臓六腑に ジワッと染み入る
 冬は燗 喉に染み入る 美味さかな 懐にカネ 右手に女?
 カネはある 酒を左に 右おんな 温もる炬燵 あいあい足よ
 繰り返す 景色を見つめ 早70年 変わる草花 変わらぬ木々も
 いつまでも 変わらぬ景色 安心す 本当なのかと 詰められ窮す
 牡蠣の季と 始まる旨さ ヨダレ出る 止まらぬ食に ただ眺めるか
 君の背が 大きく広く 感じても のめり込めない 気持ちの奥が
居酒屋で10首詠んだ。

下仁田ネギと玉ネギ?

カブの種を狙うハクセキレイ
畑作業の友達
1月7日(木) 快晴
強風が吹き荒れ何か飛んでいる音がする。朝は七草粥を食べた。田浦に戻り文化的行事は実践するようにしている。季節感と時の流れを感じていたいし、惚けて忘れないためでもある。それにしても風速12m/sは恐い。40m/sの爆弾暴風とはどの程度か想像もつかない。電線がヒューヒュー唸りをあげている。枯れ葉が舞う程度なんてもんじゃない。ペットボトルが飛んでいる。昼からは多少収まりそうなので中央にいく。強風で真っ直ぐ歩くのも覚束ない。
 ヨロヨロと 軽い体が 受ける風 コロナ飛ばして 釣り合いとれよ
 老いなのか 咽せて気功に 逆流し 肺に入ると 寸止め生きる
 餅つまり 亡くなる人の 多ければ 我が身にかかる 老いになるとは
 酸っぱさによだれダラダラ垂れ流す どれだけレモンヨダレサワーに
 国決めた 成人式に 若者は騒げどまつりごとに逆らわず
 成人は 独り自覚し 友が決め 己が主張は 虚しき叫び

帰りにNKさんと会い立話。そのまま飲みにいきたかったが自重した。
 
菘・鬌・萕・仏の座・御形・芹・繁縷(上)
全て神奈川野菜とのこと。
毎年だが野趣の香りが好きだ。
例えようも無いが独特の香り。
土臭いといっても伝わらないか。
言葉を調べる。
1月6日(水) 曇り
降りそうで降らない天気。ホームズまで畑の種を買いに行く。カブ2種と葉大根を買う。来週から1月末にかけて蒔きたい。ネギ・玉ネギは確認して収穫したい。
 冬野菜 蒔くのがいつか 地温かな 畑の特性 手に入れし後
 閑散の 売場の脇の 赤と黄の 温もり感じ MAC口にす
 寒の入り 門松入る 写真無し 時代の変化 心に隙間
 松飾り 寿命短く 燃え尽きる 炎は人の 心に点る
 何時変わる 時代は移り 常なれど 見える形で 焼き付けるとき
 ウイルスに 強い人類 枝分れ 三万年の 誕生の時
 猿人の 進化の過程 今なりし 目に焼き付けて 想いを伝う
 
ハロウィンの主役が
打棄てられている。
ケーキ屋入り口の脇。
1月5日(火) 曇り
久しぶりにのんびりした正月を過ごした。元日以外は自宅で静養、人と会話もしない。戻って以来初めてじゃないかな。居酒屋も人がいない。密なんて言葉どこにいったのか。廃業だけはしないで欲しい。
 神風が 待てども吹かぬ 国になる 怒りをかったは 民の乱れか
 神風に 頼りし国の 末路かな 対策めぐり 右往左往し
 世の乱れ 想うかどうか 感じるは 人心離れ 独り政りや
 
1月4日(月) 快晴
3が日の洗濯をした。シーツ・パジャマなど。昨年廃棄できなかった資料を破りながら棄てた。時間はかかる。午後は風景を撮りに出掛けた。
 詠む種を 思いつかぬ日 ゆるゆると あせらず想う 音にのせ座す
 初飲み屋 かわらぬ顔に 安心す いつまで続く 同じ年賀は
 タワーの門松
1月3日(日) 快晴
毎年元旦の酒気を2・3日で抜いて体を休める。今日も出掛けず自宅でのんびり。箸袋の展示作品集を見ながら刺激を受ける。次回には出品したい。4月の全国大会は様子を見て決めることにする。もう30年会ってない愛媛から賀状がくる。アナログ人間で情報はこれだけなのだ。
 消息は 賀状のみの 交わりも 言葉の信号 胸に刺さるる
 デジタルの 文字の奥にも 真あり 想像妄想 愉しみのほか
 手にとりて 様々記号 解読し 奥に秘めたる 気持ち読み解く
 コロナ過に 記号のやりとり 視覚から 距離の格差を 縮める極意

 青トマト 陽射しを浴びて 色づきし 手入れしほどの 実りかな

畑のミニトマトを軒に吊して、
1週間で結構色づいた。
1月2日(土) 晴れ
一歩も家を出ない。新聞も郵便も配達はない。来客もない。静かな陽をガラス越しに浴び、終日心地よさそうな音楽を聴きながら過ごした。昨日の写真をアップしたり、この日記を書いて寝る。
2021年1月1日(金) 晴れ時々曇り
久しぶりに朝、弟の顔をみたというか会わせた。嫁さん達が来る夜まで二人でだらだらした会話で時間を過ごした。2年前に止めた年賀状を10通頂いた。郵便局で年賀状を買い文面を考え印刷した。手書きではないが、頂く以上返信する。止めたことが伝わっていないのかも知れない。
夕方みんな揃って新年会をした。コロナ過でも笑顔で集まれるのは嬉しい。今年こそ早い段階で収束し五輪前には東京に行きたい。
賀状の文面は下段に掲載。

ローソンのプレミアム和風三段重

弟と二人で、大晦日・元旦であけた日本酒
 
畑のニンジンシリシリ
あけましておめでとうございます 

コロナに明け暮れた一年をタックルで倒し
スポーツの世界で闘いができること祈念しています。
私は、感動を糧に生ある限り精神と肉体を鍛えたいと
農園で野菜作りに汗を流しています。令和3年元旦
画:木村正《闘(Rugby)》2004

コースカベイサイドの門松

田浦神明社の初詣

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