10月31日(日) 雨
外出しずらい天候。自宅でのんびりした。毎日体を動かすのが当たり前になっているが、時には休ませないといけない。科学的な根拠でなく自分の体に聞いて休む。明日は久しぶりの東京なので丁度よい。
天皇賞は人気度通りで決まったが、衆議院はどうなるか。期日前に投票しているので間延びしているが、これからニュース聞いて寝る。私の地域は自民と共産の二人なので勝負は最初から決まっていると思う。ひっくり返るときは日本が全く変わるときで生きてる間は来ないと思う。久しぶりに陽性者が2人出た。第6波が来ないといいけど。
明日は日展も観る予定。今月の歌も今日アップした。近世の作家から選んだ。
 
10月30日(土) 快晴
今日はハロウィンでそれなりの仮装やドレスアップした子供らと多数遭遇した。いつから風物になったのだろう。言葉は昔から知っていたが、盛上がるイベントになったのは数年前の気がする。
 
10月29日(金) 快晴
1年ぶりのクロッキーだ。結構描けた気がする。AYさんとも久しぶりに会い話した。今年の白日会の話になったが、観ている写真を撮られていたらしい。今日からの日展にも入選しているという。来週から東京に行く機会が多くなりそうだ。
クロッキーはモデルが鍛えられている体で描きやすかった。
 
10月28日(木) 晴れ
趣味の会の会長から写真の金メダルを頂いた。会長の住む隣町の大府市は金メダルの町として有名だ。レスリングの至学館大学があり、毎回金メダル獲得に貢献していることで期間限定の金メダルティッシュが販売されているとのこと。わざわざそれを購入して送付いただいた。直径12センチだが、いくつになっても嬉しい。
会報の原稿はなかなか集まらないようで多少とも貢献したいので今後はせっせと投稿することにする。

金メダルのティッシュケース
10月27日(水) 雨のち曇
3ヶ月半ぶりに古文字。全く予習・復習していないが、結構読めた。明治時代の仮名文字が多少読める様になった程度だが。
 着実に 進歩したるる 嬉しさに さらなる高み 目指す古文字を
 言い回し 文語調より なお昔 時代劇でも 使わざりしか
 女房ことばの ある時代 文字のきれいな 女(ひと)に惚れ 今はデジタル

昨日平塚の下水道局の側に青い朝顔が咲き誇っていた。
 古代色 秋の陽射しに 照り返し 空の青さに 負けずゆらゆら
今日の新聞に真子さんとして載っていた。
 真子さまが 真子さんになる めでたい日 二人で歩む 長き人生
 メディアにも 言葉の壁を はねのけて 貫き通す 女の意気地
 襟たてて 風を避けつつ 肩寄せて かかる火の粉に 立ち向かう姫

昨日の平塚美術館は個展のみで、他は全て閉じられていた。子供達には気の毒なのか、楽しかったのか。
 すいません 小学生が うるさくて いいんですよと いいつつ嬉し
 聞き耳を たてて子供の 会話聴く 色がきれい・・・ あとはザワザワ
 
10月の朝顔(平塚)
10月26日(火) 快晴
遠藤彰子展を観に平塚に行った。そこでマンホールカードをゲットした。下水道関係の施設は役所の中にあるが、カード配布はわざわざ現場にして居るところが上手い。
美術館は何度か訪れているが、バスだと2駅程度で歩いていたが、今日は疲れたので往復バスだ。個展は見応えがある。特に500~1500号の大作が本人所蔵なので面白い。この大作を毎年描き続けている努力と体力は凄い。私と同年代で描く情熱が半端ないくらいに凄い。アイディアがあっても体力が続かないと描けないと思うのだが・・・。

小学生の鑑賞会後の昼休み 
10月25日(月) 曇
昨日は1万歩あるいたが疲れが出てない。明日何もなければ体力が回復していることになる。
 林立し マストに花は 咲かないが 青き空に 白樺林
 凪の海 ボードを漕いで 立ち見かな 互いに見合い 楽しさ分かつ
 釣り人は 間隔開けて 後ろ見て 磯でのマナー お互いさまで
 セーリング 海に浮かんで ゆらゆらと バランスとりて 優雅と別れ
 砂浜を 杖付き歩く 我はまた 倒れることを 期待するかな
 パソコンと スマホのカップル 会話なく ただ見つめてる 画面と画面

近所に住着いている野良猫
10月24日(日) 快晴
浦賀開国クルーズに乗船した。今年の春に住友重機からドックの施設提供を受け集客に利用できないか考えて、コロナが収束に向かうタイミングで、始まるプロジェクトの一つに参加した。浦賀ドックからフェリーで湾の真ん中「ペリーが蒸気船で来た位置」を廻る30分の短い船旅だが知らない情報もあり面白かった。
 開国の 足音きこえ 船造り 干鰯船から 鉄のカタマリ
 渡し船 海の市道に 住民の 東西つなぐ 町の交流
 暗い海 灯台照らす 案内に 文明開化 日本の礎

浦賀駅の顔抜き看板
10月23日(土) 快晴
雲一つ無い空の元、三浦半島をバスで一周した。三浦海岸で釣りみて林経由でしおさい公園を散策して逗子経由で帰宅した。途中船越で期日前投票をした。YMさんと車で半島巡りしたが、点と点の移動で足を使うと見落としている景色がある。今だから出来ることで健康と老いを何とかしたいという気持ちの表れだ。葉山のしおさ公園の潮見亭では若者が3者3様でのんびり過ごしていた。それぞれ一人旅なのだろうが、地元以外が多く(入園時にどんぐりでどこから来たかカゴにいれる)を見たら圧倒的に葉山以外であった。地元は結構行かないもんだ。

誰もいない浜辺の磯釣り
10月22日(金) 雨
朝から冷たい雨が降り続く。午後小雨になり、書留取りに郵便局にいき、その足でカフェ。今もユーミンの昔の曲を聴いている。メロディが好きで聴くようになり詞は後から知った。奇ををてらうことなく言葉が洗練されて平易だ。中央フリーウエィも心地良く感じていたが、あるとき中央高速の府中付近で「ここ走っていてよくあんな歌詞思いつくよな?!」と誰かがつぶやいた。考えると競馬場とビール工場を歌にしようなんて思わない。そこが非凡なんだな。中島みゆきも同様に聴くが詞に観念的な表現がある。「君と僕の間には冷たい雨が降る」という表現も中々出てこない。共に稀有な存在のアーティストだ。最近では誰だろう。
 
10月21日(木) 晴のち曇
中央カフェでモーニング。眼前を足早で通り過ぎる人は仕事に行くのだろう。昼の歩きより早い気がする。カフェの前には散髪屋と松屋がやっているが街はまだ目を覚ましていない。南の空にヒコーキ雲。半世紀前大井町のスナックのBGMで良くかかっていた。「中央フリーウエィ」と「ヒコーキ雲」の歌詞が悲しい話というのはずいぶん後で知った。車も片手で持ち随分乱暴で今は引っかかるんじゃないかな。ここで軽く引っかけ遊び新阪急ホテルで泊まり翌朝東京駅までの切符がサービスで付き会社に出社した。馬鹿な遊びをしていた。
今は週末馬券を買い酒を煽っているのだから、ヒコーキ雲に変身してしまうかもしれない。
 足早に オフィスに向かう 人の波 楽しくもあり 辛さもみえる
 雲動き 空に牛乳 流れ込み 晴れ間ようよう 陰る昼時
 波立てて 船戻りくる 昼下がり 手振る子らの 歓声響く
 海軍の 迷惑代が 財源に 給食出るぞ 親の願いが
 バス路線 走る姿が 長閑なり 軽やかさから 田舎の匂い
 西日射し 傘をさす手が 忙しく 照り返しさえ 気にしすぎかな
 良港は ペリーヴェルニー 先人の 足跡探る 旅の始まり

万葉集は出席の届け。哲学の話しは、素人には面白く感じたかもしれないが、時間がルーズで、熱心さのアピールで気持ちを掴むだけの演出かもしれない。2回目で判断したい。同世代で70年安保の話・天皇制などざっくばらんに話題にするので価値観は共有できそうだ。
YMさんに電話。一週間経つも癌の検査まで時間が掛かっているという。胆石を内視鏡で除去して、すい臓も悪いと言われている。「もう、癌じゃないのかな」と思っているという。明日の対応を考えるというが、声に元気がなく点滴だけで口に何も入れてないから便がでないという。鳩尾が痛くて便が黒いので心配になったというが、痛みは消えている。セカンドオピニオンの重要性を伝えた。
Iで食事。NKさんが来て駄弁った。さらにSJさんが来たところで帰宅。

ヒコーキ雲10/21

ヴェルニー公園の鳩
10月20日(水) 晴れ
趣味の会報が年4回送られてくる。投稿は自由で数年に一度促されてする。今回が190号だ。これを機に200まで毎回記事を投稿することにした。身辺雑記などを書いてみたい。
 身辺の 些細なことを 発信す 多少の友に 元気伝える
 笑ってる 怒り泣いたり 表現を 文字にかえても 伝わるスキル
 話し聞き うなづくだけの 付き合いは いずれ飽きられ 離れ去るもの
 時々に 相槌打って 判ってる あなたの思い 私も同じ
 便り知り 便りしないは 失礼と 思えど何故か 筆が進まじ
 
10月19日(火) 曇り
久しぶりにビンをゴミに出した。半年に一回が関の山だったが、家飲みでビンが増えた。缶は自治会で資源ごみとして回収箱があり収入にしているのでそこに出す。
中央のカフェに行く。隣で男が話、女が入力している。どうやら歯科大の小児科のPR動画の依頼者と作成側の話だ。横須賀は歯科医が多い気がしている。私は治療で行くことがない。歯石を取りに時々行く程度だ。
「大学の歯科の優位性」「乳幼児歯科の問題」「歯は生え変わり治療が疎かになる場合」など、更に〇〇先生の話では、「歯科矯正は幼い子供から可能」で「大人になってのあごの形も想像でき」、「脆い乳歯を守る」ため「犬の乳歯も生え変わる」研究が進んでいて応用ができる。などと小児歯科医の重要性の訴求を話していた。外科手術も出来るし、小児科から成長に合わせて治療ができることを動画にしてほしいことが伝わってきた。”我が子へのプレゼント”が一番アイキャッチのあるコピーと思いながら聞いていた。最後に治療の時「乳児は泣くのでしゃべる」「大声で泣くので声が大きくなる」と話していた。全くその通りで、私は声が大きい、と良く言われる。無論泣き虫だった。
 歯並びは 顔の印象 大事だと 理解してるが もう遅いかも
 歯が命 白い歯並び イケメンに 多少なりとも 近づきたいか
 大人でも 歯並び直す 矯正を 芸能人は 当たり前かな
 中学生 ワイヤが覗く 笑い顔 じっと我慢の 美への道のり
 歯石とり ホワイトニングを 薦められ ついでにフッ素 塗っときますか

PCの可笑しい変なメールが続く
 パソコンの 犯罪多く 対策を 根本的に 習うときかな
最近居酒屋で見ない顔がある。言わないし聞かないし触れないのが普通だが・・・。
 いつもいる 常連の客 今は空 気になる彼の 安否聞きたい
 
10月18日(月) 晴れのち曇
この秋一番の冷えこみ。何度かトイレに起きた。日中も陽がが陰ると寒い。半袖にカーディガンを羽織る。春秋の数日しか着ないので40年も同じ服だ。
 首すくめ 夕暮れ迎え 足早に 人々歩く マスクマスクで
先週の香月展を観て
 表現の 土台見つけた 喜びを 深い怒りの 仲間と声に
 一つとて 同じ顔ない 目を閉じて 静かに眠る 怒りに満ちて
 諦めと 無念の思い 祖国まで 大地の匂い 絵筆に乗せて
 
10月17日(日) 曇時々雨
急に気温が下がった。腰の痛みが引かない。朝刊のクイズ解いたりのんびり。馬券を買わないともの足りない。年に24回のG1レースだけだが、YMさんが現場さんとの多事雑論が楽しいのだ。暫くは我慢。
Sさんから電話。21日に子供と一緒に墓参りするので同行しないかという誘いだ。その日は万葉と哲学の初回なので無理と断った。残念だが仕方ない。息子来たら上げない分けにいかないが、片付けていない。丁度良かった。3年後の伯母さんの33回忌で墓仕舞いするという。伯父さんと一緒に最後だという。又案内するという。息子が背負うには重すぎるし家族で決めたのだろう。どうしても日本は男系社会で墓も男が継ぐのが当たり前になっている。そこが何人もの祖父母の墓まで見きれない。人口減少社会の宿命だ。といいつつ墓は増えている。無縁仏の墓の始末を政策的に進める必要性がまったなしだ。俺も考えないといけない。待ったなしだ。
 
10月16日(土) 曇時々小雨
いよいよ秋雨の季節に入った。肌寒い日と暖かい日が交互になり、雨が止むと冷たい木枯らしの冬になる。温暖化という。徐々にではあるがそうなるのだろう。YMさんから連絡無い。電話したいけど我慢。
 地は湿り 埃のたたぬ 秋色の 空気きれいな 胸一杯に
 深呼吸 思いっきりに 吸いたいと 思えどコロナ まだ気にかかり
 バス揺られ 狭い道路で すれ違う 仲間同士の アイコンタクト

庭からの夜景
10月15日(金) 快晴
午前中、山梔子とモチツツジ・桜(?)の植替えをした。虫除けの網も取払い鉢の並び替えもした。
午後は三浦市役所に行く。YMさんと半島巡りをくまなく行ってるつもりだが、車なので点と点の情報なのだ。バスと違い適当に止めて情報を探れるが量は多くない。バス移動は停留所があり地域の名称が判る。70年も生きているので多少の聞き覚えがあると思っていたが、初めて耳にする地名がある。
役所は隣と後ろに分館があり下水道課は2階の奥まった場所、それも元中学の校舎の一部を改装して使用している。寿司屋のIさんが通っていたのは後で知った。彼は卒業以来行ってないという。さらに役所は入ったことがないという。家を出たときは姉が謄本などの手続きをしてくれたのでという。その姉さんは今も住んでいるというが、役所は普通はいかない。私もそうだ。思い返してもそうだ。カードは有り難く頂いた。三浦半島の4種類はゲットした。
JR横須賀から70分かけて三浦半島の一部を横断した。キョロキョロする旅を満喫した。YMさんに頼っていたがこれからは自分の足で歩き続ける。ようやく三浦半島の地図が頭に入ってきた。
帰りは京急電車で中央まで来た。Iにより夕食兼ねて雑談した。昔通っていたが私がいった建屋が古いとはいえまだ新しい部類なのだという。でも思ったより広い運動場と環境がある。地図で見るより想像するより豊かな環境の三浦を確認した一日だった。
 
三浦市役所

第2分館のトイレ手洗場
昔の中学校のまま
(今は廃校)
10月14日(木) 快晴
衣替え、冬物の掛布団にした。敷布など洗濯している最中、YMさんから電話。胃がんを宣告されたという。この一週間胃が痛いので検査したという。明日胃カメラで精密検査しないと判断できないという。内視鏡で切除できることを願いばかりだ。
 癌なんだ 電話越しに 淡々と 遠くに聞こえ しばし無言に
 俺よりも 生きると思う 友からの 胃がんの電話 想いの外に
 ネガティブな 思い思わぬ お気楽を 打ち砕かれる 事実の重み
 永遠の 命はないと 知ってるよ そのときまでは 楽しく生きる
 人生が 百年なんて 思っても 友無き暮らし ぬれ落ち葉也
 踏まれても 蹴られてもなお 生き抜いて 友と語らう 楽しからずや
 常にいた 友の名残りの 植木棚 水やる度に 思いだすなり
 ニコニコと 手足となって 助けられ 笑顔嬉しい 宿木の友
 プルプルと いつもの電話 スマホかな 勉強中の 練習相手
 プルプルと それは突然 訪れた いつかは来る 知らせなるかな
 いつまでも 関係続く 訳はない 別れはいつも 突然なりし
クチナシのネットを外した。もう青虫はこないだろう。来年は改良の余地がある。明日は植替えたい。
 
10月13日(水) 小雨時々曇
昨日から秋になった。昼間の気温も下がり風が雨を伴いつよく吹き首筋をすぼめる。徐々に慣れ木枯らしに備えるのは毎年の事だ。先制パンチが来たが、明日からしばらくは暖かな日が続きそうだ。
 冷雨刺し 異常気象も 店じまい いやいやながら 秋の夕暮れ
 叢雲の 広がる空に トンビ舞い 色づく頃に 秋雨しと降る
 谷戸の秋 雨はふるふる 山肌に 葉音冷たく 土炭に染みる
 赤青の くるくる回る ネオンみる 一月経つと 呼ぶ声がする

歌を4首詠んで帰宅と思ったが、空いていたので散髪した。Nさんがカットをしてくれた。

ヨット・ツツジ・黒松・鶯をデザインした
葉山のマンホールカード
10月12日(火) 曇りのち少し雨
葉山町役場に行き、マンホールカードをゲットし、県立美術館に香月泰男点を観る。偶然Sさんが友人と来ていた。ともに横美でガイドをやり哲学の会ではお世話になったが、もう3年会ってなかった。挨拶だけで別れたが市民大学の事は聞かなかった。
香月展は東京のステーションギャラリーで観た記憶がある。その後の環境の違いもあり感動も異なる。シベリアシリーズが中心の展示だが、妙に暗く昔の感動はなかった。美大時代から徴兵・敗戦・抑留を経て画面が一変した。しかし戦争の吐露に終止符を打っても画面の暗さは変わらない。学生の時からのマチエールへの思いが染みついて終生離れることはなかったのだろう。
 セレブ感 イメージ強い 相模沿い カマクラハヤマ 夕焼けの町
 御用邸 葉山のシンボル 今昔 やせても我慢 高楊枝かな
 本性は 危急の時に 現れる 見たくはないし 聞きたくもない
 潮騒は 塀の向こうで 佇んで アートの庭は 松ぼっくりや
 大道(おおみち)を 曲がると富士も 隠れける 町民遠い 浜辺の匂い
 豊かさや 便利の向こう 限度ある 時には車 電化社会に
 歩道橋 あるほど人は 歩かない 見た目町並み 静かさ競う

葉山町役場
流石に手入れされた前庭と黒松(町の木)
一服の盆栽である
10月11日(月) 快晴
三浦海岸に行った。「もう秋、誰もいない海」を見に行ったわけじゃないが、カップルが結構車できて椅子を出して陽を浴びていた。パラセーリングをしている人もいた。のんびりと気だるい昼下がりをに砂浜を踏んだ。
 秋の日を 浴びて遥かな 山波を 砂を踏みつつ 波間に眺む
 カードなく うら悲しきや 秋の日は 焼け付く陽射し 心慰む
 波白く 穏やかに寄す 秋うらら パラセル舞う 青天を突き
 東風吹かば 青天を抜け 陽は高く 砂浜に座し 愛を語らう

三浦海岸10/11 13:00
10月10日(日) 午前中雨、午後快晴
昨夜の晴れ予報が雨。出ばなをくじかれる。買いそびれていた鼻毛カッターを買いに行く。ついでに冬に備えてオイルヒーターを下見。今月中に買いたい。
 懐かしの 歌手が揃いて 20人 ただ一曲の 思い出だけど
 ホームズで コーヒー一杯 ひと休み 買い物客の 動き眺めて
 手に取って 鏡を見ては 首捻る 大事なアイテム 帽子選び

小文字に慣れていると大文字は
バッタモンに見える
10月9日(土) 快晴
今日も暑いくらいの陽射しだ。京急は人身事故で昨日に続いてダイヤが乱れているという。今の私には京急電車とバスは不可欠な移動手段になっている。平地が少なく谷戸の起伏の多い土地柄で歩いての遠出は出来ない。ので今日も中止。天気図を見ると連休は暖かな晴れが続くので異常気象だが有り難い。
 
10月8日(金) 快晴に近い晴れ
昨夜の地震のあと強い雨が降り続いた。昨日の万葉集の朝顔の確認で、自宅庭の朝顔・ムクゲの写真を撮った。右の写真を見るとムクゲの花が変異したと言っても納得する。この隣にピンクのムクゲがありそこに絡まって咲いたら更に誤解する。この事からは、朝顔を桔梗ではなくムクゲと誤解するのは有りだろう。
朝、青虫55㎜を1匹駆除。9月末に駆除したとき逃れていたのが成長したのだろう。
昨日の地震で交通機関が乱れている。よって三浦・葉山は中止した。
 震度4 3.11 以来の 揺れ感じ 慌てず椅子で 収まるを待つ
 動かない 体がジッと していろと 大坂以来 なるようになる
 ケセラセラ 唄えば助け 誰か来る 映画のように ヒーローはいる
 ふと過ぎる テレビが飛んで 頭打つ 今はパソコン 一を変えたり

画家のKさんから案内状。5日の鑑賞しているので感想をメール。

ムクゲの木に絡まった朝顔。
同時に咲いている。
10月7日(木) 晴れ後曇り後夕方から小雨
万葉集の勉強。3ヶ月の休みを経てだが、元々の日程である。令和も3年になり、元号が万葉集から取られたことも忘れてしまった人も居ると思う。読込むほどに理解が深まり面白くなる。来年の2月まで自粛することなく続く事を願う。今日の内容で朝顔の歌を勉強した。万葉の時代には大陸から入っていたのだが、桔梗かムクゲではないかいう切を聞き、自宅の変化朝顔を思った。ムクゲの木に巻き付き2mくらい伸び花を咲かせているのだが、最初ムクゲの変異かと思った。その話をいつかD先生に話してみたい。
これを書いてる途中で地震。結構揺れた。阪神淡路大震災を経験しているので驚きはしない。その甘い対応が良くないことは重々承知。けど何をする。飛び出し前に用意もしてない。普段から準備をしないといけない。福岡の女性が好きになっても東京にはいかない。地震が恐いと言っていた。35年前の話だ。

今年は2匹目だ。
仏花の菊に虫がいた。
生花の防疫体制が今年は甘い。 
10月6日(水) 快晴
講義の受講料を払い込む。本庁でマンホールカードの第一弾を再度頂く。昨日に続いた。一人一枚が原則らしいがもう4年近く経つので問題ないだろう。それ位作りまだ在庫があるのだ。カードと同時に横須賀の旨いモノ店を紹介している冊子をくれる。良くできている。カードを貰うと寄らずに帰るのではないか。私が知る限り市民ではなく車で来ている。箸袋の会員は全国で50人を切る。同様に考えると、確率では神奈川で3人だ。横須賀には私がいる。だから市外・県外になる。

第二弾のカード
10月5日(火) 快晴
横須賀美術館に行く。谷内六郎展と企画展「ビジュツカンノススメ」を観た。、特に谷内は今まで知られていない作品が出展され新しい面が見られた。現在谷内館が改築中だが、いつまでも週刊新潮では観衆は付いてこないと思うので、これを気に一新して欲しい。
帰りに浦賀に行き、マンホールカードをゲットした。私のような人が数組いて展示室を義理で見ていたがさっさと車で帰る人が多いようだ。浦賀奉行所開設300年事業が結構あるので何度か行くことになりそうだ。横須賀は三浦按針の所領と墓があることで知られているが、家康亡き後は不遇で子供二人の記録も残っていないのは寂しい。400年も経ち主流から外された人の歴史には冬至は誰も興味を示さないので功績と裏腹に埋もれている。

1953黒船が浦賀来港
船の横脇の水車を逆回転させバックしたことに度肝を抜かれる。
10月4日(月) 快晴
Tさんから五反田展の案内状が届いた。殺し文句が書いてあり嬉しくなった。作品を良く観ているから苦労も分かってくれるのだ。
 カササギの 橋を渡りて 会う女は 心にとどめ 想いつるかな
 雁渡る 勝利の女神 微笑むか 我がチームこそ 頭上にのりし
 口ツグミ 静かに秋を 過ごしける 高鳴きモズに 教えたまいし
 雅とは ふるとりに牙 我のこと 全身黒く 目すら見えずと

帰宅途中NKさんと会う。変化朝顔のこと尋ねる。予想通りで納得。種は毎年出来て自然に育つという。来年はもう少し低い位置で咲いて欲しいが手はあるだろうか。
 
10月3日(日) 晴れ後曇り
4ヶ月ぶりに日ノ出町に行く。人が少ない。駐車場も空いていた。みんな遠出しているのかもしれない。帰りは汐入まで送ってもらい昼食兼でカフェ。庭に植えた縷紅草と一緒に双葉が目を出し、朝顔と思い、ムクゲの気の脇に植え直したら伸びて二階まで届いたが一向に花が咲かず忘れていた。ようやく花が咲いたが朝顔とは全く異なっており、そのままにしていたが、ようやく朝顔の変形と確信が持てた。花だけからは「黄打込柳葉紅覆輪撫子采咲牡丹」に近い。ネットで調べると奥が深くとてもに知識では手に負えないことが判った。
 売れ残る 花より葉より 商人(あきんど)の 昼は萎れて もどる朝顔
江戸時代の狂歌で、朝のうちに売り切ろうという朝顔売りの必死さを詠ったものです。江戸の朝顔職人はメンデルの遺伝の法則を経験的に知っていたようだし、変種の出る確率も知っており、双葉の時に判別していたという。現JR池袋駅のほど近くにある法明寺には、「蕣塚(あさがおづか)」なる供養塔があり、新種のできる影に多くの普通の朝顔の犠牲の上に成り立っておりその供養塚という。。
 戸張富久による句碑が建立され、「蕣(あさがお)や くりから龍の やさすかた
 メンデルも 受粉の仕組み 知らずとも 新種朝顔 咲かし続ける
 双葉より 違い見極め 育てける おのが経験 生活の糧
 目違いか ぐんぐん伸びる つる草は 二階にとどき 花を咲かせる
 何だろう 蔓は伸びても 花咲かぬ あれこれ図鑑 調べて不安
 分類が 朝顔となり なぞ解ける 花・時期ともに 裏付けるなり

采咲牡丹という変化朝顔
江戸時代から改良を重ねた成果だが
午前の短い命なのが儚い
10月2日(土) 快晴
冬用の掛け布団を干し少し下着の整理をした。気づくと古くなり夜用は見られるわけじゃ無いけど何となく捨てるようにする。それでも着古した下着などは着心地が良い。
 見た目とは 違う臭いが 渦巻いて 埃も被り よどむ室内
 片付かぬ いや片付けぬ 想いかな 昔を頼る 育たぬ心
 除草剤 土壌の汚染 深く染み やがて地下水 元に帰るや
 杖頼る 生活慣れて 八年目 頼らぬ勇気 まだ早いかな
 いつまでも 杖にたよりし 外出時 手すりなくては 心もとない
 晴れ渡り 雲ひとつなく 風そよぐ 秋の音する 街並み楽し
 階段を つたえ歩きで 一歩ずつ 膝上げ振って 確かめ上るかげつ
2ヶ月半ぶりに、Iで夕食というか飲んだ。きのうから店はやっていたという。いつも会うMさん夫妻とNさんが後から来て雑談。気の置けない飲み仲間と語らうのは楽しい。帰宅して風呂入り日記書いてたら雨が土砂降りになってきた。明日の競馬予想をして寝る。
 
10月1日(金) 雨
朝から強い雨。終日自宅で月替わりの行事。旧宅は明日にする。オリンピックの観戦チケット払い戻しの銀行口座の入力。一件毎に入力するので面倒。一括する方法あるか調べるのも面倒なので入力した。メールに通知が来たので確認。更に「地元のお店」応援券の購入を申込んだ。第二弾だが抽選するほど申込みがあれば行政の施策が当り、店も喜び客も安く買えるのでWin-Winの関係になる。確定申告に重要な個人情報を税務署に送付した。随分前に忘れて手間がかかり還付金が遅れた事がある。前年と同じとサインするだけのことだが、切手を貼って出さないといけない。個人のことなので負担せよということなのか。いつも疑問に思う。ネットにしろよ。そのためのマイナンバーじゃないのか。行政のネット化は私が死ぬまでには難しいだろうな。
今月の歌で「とふ人はなし」と詠んでいるが、「自粛明けたので人の往来」を解禁して訪ねる友が来てくれたら嬉しい。今日から5時のチャイムが4時になった。秋を感じさせる谷戸の冬支度を告げる合図だ。半年間続く。
 

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