しろんだの 山すそに住む ホトトギス

  秋は来ぬ 紅葉は宿に降りしきぬ 道ふみわけてとふ人はなし 猿丸大夫(古今和歌集)

三浦半島の横須賀に生まれ育ち 「時々の初心忘るべからず」と余生を故郷で過ごしている老人がはじめたHPで虚実交錯する錯誤修正の日々の記録を公開してます。 30年の時空の移ろいはありますが、横須賀は都心から近からず遠からず安心・安全な街だと住んでみて改めて感じるこの頃です。 今まで10回引っ越し、 東京・横浜・大阪・福岡と大都市で生活して横須賀の話になると基地の町という先入見があるように思います。 情報の生息領域は三浦半島が中心になりますが、検索の途中で立ち寄られ見て読んで聞いて、話題になりそうなら半島土産にお持ち帰りください。 馴染みのない地名・言葉が出てきます。古くから地元の団塊世代では、通用し使い慣れた言葉です。この「しろんだ」はネット検索しても正解はありません。 「城の台」が訛ったというのが流布していますので、私もそう考えています。他にも、情報の発達した現代にかかわらず、 だからこそ埋没して由来のはっきりしない言葉が随所に書かれています。 それが面白いし、興味を抱いたら調べてみたらどうでしょうか。判らなくても流してお読みください。

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谷戸の掲示板/しろんだ美術館/生活の哲学/日常の写真風景
趣味の部屋
花と昆虫の写真箸袋の部屋マンホール写真トイレの話湘南ファーム日誌

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10月20日(水) 晴れ
趣味の会報が年4回送られてくる。投稿は自由で数年に一度促されてする。今回が190号だ。これを機に200まで毎回記事を投稿することにした。身辺雑記などを書いてみたい。
 身辺の 些細なことを 発信す 多少の友に 元気伝える
 笑ってる 怒り泣いたり 表現を 文字にかえても 伝わるスキル
 話し聞き うなづくだけの 付き合いは いずれ飽きられ 離れ去るもの
 時々に 相槌打って 判ってる あなたの思い 私も同じ
 便り知り 便りしないは 失礼と 思えど何故か 筆が進まじ
 
10月19日(火) 曇り
久しぶりにビンをゴミに出した。半年に一回が関の山だったが、家飲みでビンが増えた。缶は自治会で資源ごみとして回収箱があり収入にしているのでそこに出す。
中央のカフェに行く。隣で男が話、女が入力している。どうやら歯科大の小児科のPR動画の依頼者と作成側の話だ。横須賀は歯科医が多い気がしている。私は治療で行くことがない。歯石を取りに時々行く程度だ。
「大学の歯科の優位性」「乳幼児歯科の問題」「歯は生え変わり治療が疎かになる場合」など、更に〇〇先生の話では、「歯科矯正は幼い子供から可能」で「大人になってのあごの形も想像でき」、「脆い乳歯を守る」ため「犬の乳歯も生え変わる」研究が進んでいて応用ができる。などと小児歯科医の重要性の訴求を話していた。外科手術も出来るし、小児科から成長に合わせて治療ができることを動画にしてほしいことが伝わってきた。”我が子へのプレゼント”が一番アイキャッチのあるコピーと思いながら聞いていた。最後に治療の時「乳児は泣くのでしゃべる」「大声で泣くので声が大きくなる」と話していた。全くその通りで、私は声が大きい、と良く言われる。無論泣き虫だった。
 歯並びは 顔の印象 大事だと 理解してるが もう遅いかも
 歯が命 白い歯並び イケメンに 多少なりとも 近づきたいか
 大人でも 歯並び直す 矯正を 芸能人は 当たり前かな
 中学生 ワイヤが覗く 笑い顔 じっと我慢の 美への道のり
 歯石とり ホワイトニングを 薦められ ついでにフッ素 塗っときますか

PCの可笑しい変なメールが続く
 パソコンの 犯罪多く 対策を 根本的に 習うときかな
最近居酒屋で見ない顔がある。言わないし聞かないし触れないのが普通だが・・・。
 いつもいる 常連の客 今は空 気になる彼の 安否聞きたい
 
10月18日(月) 晴れのち曇
この秋一番の冷えこみ。何度かトイレに起きた。日中も陽がが陰ると寒い。半袖にカーディガンを羽織る。春秋の数日しか着ないので40年も同じ服だ。
 首すくめ 夕暮れ迎え 足早に 人々歩く マスクマスクで
先週の香月展を観て
 表現の 土台見つけた 喜びを 深い怒りの 仲間と声に
 一つとて 同じ顔ない 目を閉じて 静かに眠る 怒りに満ちて
 諦めと 無念の思い 祖国まで 大地の匂い 絵筆に乗せて
 
10月17日(日) 曇時々雨
急に気温が下がった。腰の痛みが引かない。朝刊のクイズ解いたりのんびり。馬券を買わないともの足りない。年に24回のG1レースだけだが、YMさんが現場さんとの多事雑論が楽しいのだ。暫くは我慢。
Sさんから電話。21日に子供と一緒に墓参りするので同行しないかという誘いだ。その日は万葉と哲学の初回なので無理と断った。残念だが仕方ない。息子来たら上げない分けにいかないが、片付けていない。丁度良かった。3年後の伯母さんの33回忌で墓仕舞いするという。伯父さんと一緒に最後だという。又案内するという。息子が背負うには重すぎるし家族で決めたのだろう。どうしても日本は男系社会で墓も男が継ぐのが当たり前になっている。そこが何人もの祖父母の墓まで見きれない。人口減少社会の宿命だ。といいつつ墓は増えている。無縁仏の墓の始末を政策的に進める必要性がまったなしだ。俺も考えないといけない。待ったなしだ。
 
10月16日(土) 曇時々小雨
いよいよ秋雨の季節に入った。肌寒い日と暖かい日が交互になり、雨が止むと冷たい木枯らしの冬になる。温暖化という。徐々にではあるがそうなるのだろう。YMさんから連絡無い。電話したいけど我慢。
 地は湿り 埃のたたぬ 秋色の 空気きれいな 胸一杯に
 深呼吸 思いっきりに 吸いたいと 思えどコロナ まだ気にかかり
 バス揺られ 狭い道路で すれ違う 仲間同士の アイコンタクト

庭からの夜景
10月15日(金) 快晴
午前中、山梔子とモチツツジ・桜(?)の植替えをした。虫除けの網も取払い鉢の並び替えもした。
午後は三浦市役所に行く。YMさんと半島巡りをくまなく行ってるつもりだが、車なので点と点の情報なのだ。バスと違い適当に止めて情報を探れるが量は多くない。バス移動は停留所があり地域の名称が判る。70年も生きているので多少の聞き覚えがあると思っていたが、初めて耳にする地名がある。
役所は隣と後ろに分館があり下水道課は2階の奥まった場所、それも元中学の校舎の一部を改装して使用している。寿司屋のIさんが通っていたのは後で知った。彼は卒業以来行ってないという。さらに役所は入ったことがないという。家を出たときは姉が謄本などの手続きをしてくれたのでという。その姉さんは今も住んでいるというが、役所は普通はいかない。私もそうだ。思い返してもそうだ。カードは有り難く頂いた。三浦半島の4種類はゲットした。
JR横須賀から70分かけて三浦半島の一部を横断した。キョロキョロする旅を満喫した。YMさんに頼っていたがこれからは自分の足で歩き続ける。ようやく三浦半島の地図が頭に入ってきた。
帰りは京急電車で中央まで来た。Iにより夕食兼ねて雑談した。昔通っていたが私がいった建屋が古いとはいえまだ新しい部類なのだという。でも思ったより広い運動場と環境がある。地図で見るより想像するより豊かな環境の三浦を確認した一日だった。
 
三浦市役所

第2分館のトイレ手洗場
昔の中学校のまま
(今は廃校)
10月14日(木) 快晴
衣替え、冬物の掛布団にした。敷布など洗濯している最中、YMさんから電話。胃がんを宣告されたという。この一週間胃が痛いので検査したという。明日胃カメラで精密検査しないと判断できないという。内視鏡で切除できることを願いばかりだ。
 癌なんだ 電話越しに 淡々と 遠くに聞こえ しばし無言に
 俺よりも 生きると思う 友からの 胃がんの電話 想いの外に
 ネガティブな 思い思わぬ お気楽を 打ち砕かれる 事実の重み
 永遠の 命はないと 知ってるよ そのときまでは 楽しく生きる
 人生が 百年なんて 思っても 友無き暮らし ぬれ落ち葉也
 踏まれても 蹴られてもなお 生き抜いて 友と語らう 楽しからずや
 常にいた 友の名残りの 植木棚 水やる度に 思いだすなり
 ニコニコと 手足となって 助けられ 笑顔嬉しい 宿木の友
 プルプルと いつもの電話 スマホかな 勉強中の 練習相手
 プルプルと それは突然 訪れた いつかは来る 知らせなるかな
 いつまでも 関係続く 訳はない 別れはいつも 突然なりし
クチナシのネットを外した。もう青虫はこないだろう。来年は改良の余地がある。明日は植替えたい。
 
10月13日(水) 小雨時々曇
昨日から秋になった。昼間の気温も下がり風が雨を伴いつよく吹き首筋をすぼめる。徐々に慣れ木枯らしに備えるのは毎年の事だ。先制パンチが来たが、明日からしばらくは暖かな日が続きそうだ。
 冷雨刺し 異常気象も 店じまい いやいやながら 秋の夕暮れ
 叢雲の 広がる空に トンビ舞い 色づく頃に 秋雨しと降る
 谷戸の秋 雨はふるふる 山肌に 葉音冷たく 土炭に染みる
 赤青の くるくる回る ネオンみる 一月経つと 呼ぶ声がする

歌を4首詠んで帰宅と思ったが、空いていたので散髪した。Nさんがカットをしてくれた。

ヨット・ツツジ・黒松・鶯をデザインした
葉山のマンホールカード
10月12日(火) 曇りのち少し雨
葉山町役場に行き、マンホールカードをゲットし、県立美術館に香月泰男点を観る。偶然Sさんが友人と来ていた。ともに横美でガイドをやり哲学の会ではお世話になったが、もう3年会ってなかった。挨拶だけで別れたが市民大学の事は聞かなかった。
香月展は東京のステーションギャラリーで観た記憶がある。その後の環境の違いもあり感動も異なる。シベリアシリーズが中心の展示だが、妙に暗く昔の感動はなかった。美大時代から徴兵・敗戦・抑留を経て画面が一変した。しかし戦争の吐露に終止符を打っても画面の暗さは変わらない。学生の時からのマチエールへの思いが染みついて終生離れることはなかったのだろう。
 セレブ感 イメージ強い 相模沿い カマクラハヤマ 夕焼けの町
 御用邸 葉山のシンボル 今昔 やせても我慢 高楊枝かな
 本性は 危急の時に 現れる 見たくはないし 聞きたくもない
 潮騒は 塀の向こうで 佇んで アートの庭は 松ぼっくりや
 大道(おおみち)を 曲がると富士も 隠れける 町民遠い 浜辺の匂い
 豊かさや 便利の向こう 限度ある 時には車 電化社会に
 歩道橋 あるほど人は 歩かない 見た目町並み 静かさ競う

葉山町役場
流石に手入れされた前庭と黒松(町の木)
一服の盆栽である
10月11日(月) 快晴
三浦海岸に行った。「もう秋、誰もいない海」を見に行ったわけじゃないが、カップルが結構車できて椅子を出して陽を浴びていた。パラセーリングをしている人もいた。のんびりと気だるい昼下がりをに砂浜を踏んだ。
 秋の日を 浴びて遥かな 山波を 砂を踏みつつ 波間に眺む
 カードなく うら悲しきや 秋の日は 焼け付く陽射し 心慰む
 波白く 穏やかに寄す 秋うらら パラセル舞う 青天を突き
 東風吹かば 青天を抜け 陽は高く 砂浜に座し 愛を語らう

三浦海岸10/11 13:00
10月10日(日) 午前中雨、午後快晴
昨夜の晴れ予報が雨。出ばなをくじかれる。買いそびれていた鼻毛カッターを買いに行く。ついでに冬に備えてオイルヒーターを下見。今月中に買いたい。
 懐かしの 歌手が揃いて 20人 ただ一曲の 思い出だけど
 ホームズで コーヒー一杯 ひと休み 買い物客の 動き眺めて
 手に取って 鏡を見ては 首捻る 大事なアイテム 帽子選び

小文字に慣れていると大文字は
バッタモンに見える
10月9日(土) 快晴
今日も暑いくらいの陽射しだ。京急は人身事故で昨日に続いてダイヤが乱れているという。今の私には京急電車とバスは不可欠な移動手段になっている。平地が少なく谷戸の起伏の多い土地柄で歩いての遠出は出来ない。ので今日も中止。天気図を見ると連休は暖かな晴れが続くので異常気象だが有り難い。
 
10月8日(金) 快晴に近い晴れ
昨夜の地震のあと強い雨が降り続いた。昨日の万葉集の朝顔の確認で、自宅庭の朝顔・ムクゲの写真を撮った。右の写真を見るとムクゲの花が変異したと言っても納得する。この隣にピンクのムクゲがありそこに絡まって咲いたら更に誤解する。この事からは、朝顔を桔梗ではなくムクゲと誤解するのは有りだろう。
朝、青虫55㎜を1匹駆除。9月末に駆除したとき逃れていたのが成長したのだろう。
昨日の地震で交通機関が乱れている。よって三浦・葉山は中止した。
 震度4 3.11 以来の 揺れ感じ 慌てず椅子で 収まるを待つ
 動かない 体がジッと していろと 大坂以来 なるようになる
 ケセラセラ 唄えば助け 誰か来る 映画のように ヒーローはいる
 ふと過ぎる テレビが飛んで 頭打つ 今はパソコン 一を変えたり

画家のKさんから案内状。5日の鑑賞しているので感想をメール。

ムクゲの木に絡まった朝顔。
同時に咲いている。
10月7日(木) 晴れ後曇り後夕方から小雨
万葉集の勉強。3ヶ月の休みを経てだが、元々の日程である。令和も3年になり、元号が万葉集から取られたことも忘れてしまった人も居ると思う。読込むほどに理解が深まり面白くなる。来年の2月まで自粛することなく続く事を願う。今日の内容で朝顔の歌を勉強した。万葉の時代には大陸から入っていたのだが、桔梗かムクゲではないかいう切を聞き、自宅の変化朝顔を思った。ムクゲの木に巻き付き2mくらい伸び花を咲かせているのだが、最初ムクゲの変異かと思った。その話をいつかD先生に話してみたい。
これを書いてる途中で地震。結構揺れた。阪神淡路大震災を経験しているので驚きはしない。その甘い対応が良くないことは重々承知。けど何をする。飛び出し前に用意もしてない。普段から準備をしないといけない。福岡の女性が好きになっても東京にはいかない。地震が恐いと言っていた。35年前の話だ。

今年は2匹目だ。
仏花の菊に虫がいた。
生花の防疫体制が今年は甘い。 
10月6日(水) 快晴
講義の受講料を払い込む。本庁でマンホールカードの第一弾を再度頂く。昨日に続いた。一人一枚が原則らしいがもう4年近く経つので問題ないだろう。それ位作りまだ在庫があるのだ。カードと同時に横須賀の旨いモノ店を紹介している冊子をくれる。良くできている。カードを貰うと寄らずに帰るのではないか。私が知る限り市民ではなく車で来ている。箸袋の会員は全国で50人を切る。同様に考えると、確率では神奈川で3人だ。横須賀には私がいる。だから市外・県外になる。

第二弾のカード
10月5日(火) 快晴
横須賀美術館に行く。谷内六郎展と企画展「ビジュツカンノススメ」を観た。、特に谷内は今まで知られていない作品が出展され新しい面が見られた。現在谷内館が改築中だが、いつまでも週刊新潮では観衆は付いてこないと思うので、これを気に一新して欲しい。
帰りに浦賀に行き、マンホールカードをゲットした。私のような人が数組いて展示室を義理で見ていたがさっさと車で帰る人が多いようだ。浦賀奉行所開設300年事業が結構あるので何度か行くことになりそうだ。横須賀は三浦按針の所領と墓があることで知られているが、家康亡き後は不遇で子供二人の記録も残っていないのは寂しい。400年も経ち主流から外された人の歴史には冬至は誰も興味を示さないので功績と裏腹に埋もれている。

1953黒船が浦賀来港
船の横脇の水車を逆回転させバックしたことに度肝を抜かれる。
10月4日(月) 快晴
Tさんから五反田展の案内状が届いた。殺し文句が書いてあり嬉しくなった。作品を良く観ているから苦労も分かってくれるのだ。
 カササギの 橋を渡りて 会う女は 心にとどめ 想いつるかな
 雁渡る 勝利の女神 微笑むか 我がチームこそ 頭上にのりし
 口ツグミ 静かに秋を 過ごしける 高鳴きモズに 教えたまいし
 雅とは ふるとりに牙 我のこと 全身黒く 目すら見えずと

帰宅途中NKさんと会う。変化朝顔のこと尋ねる。予想通りで納得。種は毎年出来て自然に育つという。来年はもう少し低い位置で咲いて欲しいが手はあるだろうか。
 
10月3日(日) 晴れ後曇り
4ヶ月ぶりに日ノ出町に行く。人が少ない。駐車場も空いていた。みんな遠出しているのかもしれない。帰りは汐入まで送ってもらい昼食兼でカフェ。庭に植えた縷紅草と一緒に双葉が目を出し、朝顔と思い、ムクゲの気の脇に植え直したら伸びて二階まで届いたが一向に花が咲かず忘れていた。ようやく花が咲いたが朝顔とは全く異なっており、そのままにしていたが、ようやく朝顔の変形と確信が持てた。花だけからは「黄打込柳葉紅覆輪撫子采咲牡丹」に近い。ネットで調べると奥が深くとてもに知識では手に負えないことが判った。
 売れ残る 花より葉より 商人(あきんど)の 昼は萎れて もどる朝顔
江戸時代の狂歌で、朝のうちに売り切ろうという朝顔売りの必死さを詠ったものです。江戸の朝顔職人はメンデルの遺伝の法則を経験的に知っていたようだし、変種の出る確率も知っており、双葉の時に判別していたという。現JR池袋駅のほど近くにある法明寺には、「蕣塚(あさがおづか)」なる供養塔があり、新種のできる影に多くの普通の朝顔の犠牲の上に成り立っておりその供養塚という。。
 戸張富久による句碑が建立され、「蕣(あさがお)や くりから龍の やさすかた
 メンデルも 受粉の仕組み 知らずとも 新種朝顔 咲かし続ける
 双葉より 違い見極め 育てける おのが経験 生活の糧
 目違いか ぐんぐん伸びる つる草は 二階にとどき 花を咲かせる
 何だろう 蔓は伸びても 花咲かぬ あれこれ図鑑 調べて不安
 分類が 朝顔となり なぞ解ける 花・時期ともに 裏付けるなり

采咲牡丹という変化朝顔
江戸時代から改良を重ねた成果だが
午前の短い命なのが儚い
10月2日(土) 快晴
冬用の掛け布団を干し少し下着の整理をした。気づくと古くなり夜用は見られるわけじゃ無いけど何となく捨てるようにする。それでも着古した下着などは着心地が良い。
 見た目とは 違う臭いが 渦巻いて 埃も被り よどむ室内
 片付かぬ いや片付けぬ 想いかな 昔を頼る 育たぬ心
 除草剤 土壌の汚染 深く染み やがて地下水 元に帰るや
 杖頼る 生活慣れて 八年目 頼らぬ勇気 まだ早いかな
 いつまでも 杖にたよりし 外出時 手すりなくては 心もとない
 晴れ渡り 雲ひとつなく 風そよぐ 秋の音する 街並み楽し
 階段を つたえ歩きで 一歩ずつ 膝上げ振って 確かめ上るかげつ
2ヶ月半ぶりに、Iで夕食というか飲んだ。きのうから店はやっていたという。いつも会うMさん夫妻とNさんが後から来て雑談。気の置けない飲み仲間と語らうのは楽しい。帰宅して風呂入り日記書いてたら雨が土砂降りになってきた。明日の競馬予想をして寝る。
 
10月1日(金) 雨
朝から強い雨。終日自宅で月替わりの行事。旧宅は明日にする。オリンピックの観戦チケット払い戻しの銀行口座の入力。一件毎に入力するので面倒。一括する方法あるか調べるのも面倒なので入力した。メールに通知が来たので確認。更に「地元のお店」応援券の購入を申込んだ。第二弾だが抽選するほど申込みがあれば行政の施策が当り、店も喜び客も安く買えるのでWin-Winの関係になる。確定申告に重要な個人情報を税務署に送付した。随分前に忘れて手間がかかり還付金が遅れた事がある。前年と同じとサインするだけのことだが、切手を貼って出さないといけない。個人のことなので負担せよということなのか。いつも疑問に思う。ネットにしろよ。そのためのマイナンバーじゃないのか。行政のネット化は私が死ぬまでには難しいだろうな。
今月の歌で「とふ人はなし」と詠んでいるが、「自粛明けたので人の往来」を解禁して訪ねる友が来てくれたら嬉しい。今日から5時のチャイムが4時になった。秋を感じさせる谷戸の冬支度を告げる合図だ。半年間続く。
 

 過去の日記  見出し 年計 青虫(+卵)
2021年10月 自粛明けて、種々ようやく始動する。  68 1077 1(+0)
2021年09月 充実の季節になった。気力・体力共に。 132 1009 10(+12)
2021年08月 思わぬ病で休養した。体力の回復に努める。  239 877 22(+87)
2021年07月 我流の歌を見直す。  57 638  12(+5)
2021年06月 今月から、万葉集の講座を受講する。 79 581 6(+19)
2021年05月 意識しすぎたかな。山梔子のネットをどうするか。 77 502 0(+3)
2021年04月 和歌のお題『窓』を意識して詠む。 96 425 (51、126) 
2021年03月 3年目で自己流では詠めている。 108 329  
2021年02月 半年で500首詠み、1首を選択する。 106 221  
2021年01月 今年は歌会始めに応募する。 115
2020年12月  年初改め100首/月。とにかく完走。 123 1226  
2020年11月  今月で目標は達成。中身は二の次で数のみ。  159 1103 59(+140)
2020年10月
 近代歌も良い。今月の目標は100+である。 259 944 5(+0)
2020年09月  授衣には早いが、切替えの大事な季節だ。 43 685 14(+41)
2020年08月  今年の歌会始は辞退というか、力不足を感じる。  82 642 11(+19)
2020年07月  歌は500首/半期達成した。畑の部屋を作ることにする。 57  560 12(+26)
2020年06月  普段の生活への第一ステップ 64  503 17(+54)
2020年05月  今月も外出の自粛。閑だといって歌を詠めるものでもない。 128 439  
2020年04月  今月も不要不急の外出は控える。  96 311  
2020年03月  3年目に入る。先生に約束した初心に立ち返る 84 215
2020年02月  和歌を意識したら詠みにくい。最初の壁か。 53 131  
2020年01月 1000首/年が目標、まだ数だけの修行 30日現在 78  
2019年12月 今年は872首。正月に年間の代表作を選ぶ。 123  872  
2019年11月 禁酒禁薬筋トレ、青虫181個体+α(クモ・カマキリが捕食)  103  749 181(青虫+卵)
2019年10月 今月は、禁酒・禁薬・粗食・筋トレ。来月以降も 70  646 2
2019年09月  この1年確実に筋肉は付いている。目標はまだだが。 82  576 26
2019年08月 万葉集は恋歌が多い。本歌どりは難しい。 93  494 14
2019年07月 歌というより狂歌に近いが、継続している。 79  401 81
2019年06月 歌が120首を超えた。万葉集を始めたから? 161  322 58
2019年05月 令和元年始まり,トラッキングの勉強開始。 51  161  
2019年04月 平成最後の月、令和発表 34  110
2019年03月 丁度開設1周年。2018年3月5日。 50  76
2019年02月 音楽を流し始めた。 21 26
2019年01月 時には歌だけを掲載することにした。 5    
2018年12月 スクロールして新年の挨拶をや情報掲載を始めた。      
2018年11月 アイテム数が1500を超え、BKUPに時間がかかる。      
2018年10月 1年前に久里浜の教室で初めて1年。      
2018年09月        
2018年08月  半年たち足りない部分が分るも手付かず。      
2018年07月        
2018年06月        
2018年05月 旅行も含めて、後日掲載にした。      
2018年04月 ここからがスタート、4月15日は旅行で休み。      
2018年03月 3月5日に契約したので、実質的な開始日になる。      
2018年02月
準備期間だが覚悟を決めるには充分過ぎた。      
2018年01月 手探り状態で日記をつけ始めて開始した。      

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